♥見えることのすごさ
白内障手術後、今までよく見えていなかった汚れが見えてどんどん見えてくる。
あれ~こんなところに汚れが!
汚れを発見し、ショックを受けながら掃除をする日々である。
見えないとはこういうことなのか?
見えない人にとって、そこに汚れがあっても、そこに汚れはない、ということになる。
それはしかたのないことだ。
だから、オーラが見えない人には、オーラは存在しないと同じだ。
それはしかたのないことだったのだ。
♥浦島太郎
それにしても、いろいろな物が古くなっていた。
日々外に行く時に持ち歩いていたノートパソコンもよく見ると古くなっていた。
私の目は今まで何を見ていたのか?
これはショックなことだ。
う~ん、いつの間にか時が経っていたようだ。
まるで、浦島太郎状態だ。
私はいっきに目覚めたのだ。
さらに、パソコンや物が古くなっただけでなく、私の過去の記憶も古い過去のように感じる。
あんなに忌まわしい過去の記憶が薄まって感じる。
新しい目(視点)を通し、さらに、ライオンズゲートを迎え、自分の意識が大きく変化しているのに驚いている。
今回の私の視点の変化により、まるで別次元のシフトしたかのようだ。
♥感謝!
68歳になる私は、30年以上もスピリチュアルを学び母と娘の共依存関係を体験し、もう学び終わっていたと思っていた。
病は結局、母への怒りが形(仕返し)であること、
それをわかっていながら、私は病になった。
心底、赦せていなかったのだ。
前回のブログにもあるように、もうネガティブをやめるんだという声を聞いた次の日に、ふしぎなことに長く話していない母から電話があった。
私は冷静さを保ちながら母に今までの感謝を述べた。
しかし、それは真意ではなかった。
実は、その前に白内障手術の助けに来てくれた次女と久しぶりに共依存の問題が吹きあがり険悪なムードになった。
私は次女を眺め、ここから自分のネガティブな姿に気づいた。
次女の苦しみは子どもの頃の育ち方で、ネガティブな面ばかりにフォーカスしていることだった。
実際は彼女はラッキーなことに素敵な体験をたくさんしている。
海外育ちで、3カ国に住み、言葉もまったく不自由しない。
それなのに、彼女は日本では海外育ちである自分はまったく受け入れてもらえないと悩んでいる。
もちろん、日本で育った女性とは違うマインドなので、いくら外見が日本的でも、マインドはバリバリヨーロピアンである。
そんな彼女は日本ではなかなか理解されないのも事実である。
しかしだ、あまりにも彼女は自分の育ちをネガティブに思い込んでいた。
恵まれている環境に育ったのに、それをマイナスにさえ思っている。
恵まれた環境に本当は感謝してもいいのに、残念ながら、それをネガティブに捉え自分を不幸に感じているのだ。
それは、同時に私のことでもあった。
次女の姿を自分のこととして眺めると、そう!まさにそれは私、かなりのネガティブだった。
私も自分の育ちが理不尽であるとずーっと思っていた。
しかし、私は経済的に当時は恵まれていたのだ。
それを幼い頃から、周りに悪いなあと思い、金銭的に恵まれていたことをできるだけ感じないようにしてきたことも思い出しだ。
ひょっとしたら、私はマイナスばかりではなく、ただマイナスにフォーカスしていただけなのかもしれない。
たくさん良いこともあったのに、自分の育ちが悪いと思い込んでいたのだ。
母は母なりに母親業をやり、一生懸命生きていただけだった。
私はいろいろな場面を思い出し、今まで母にお世話になってきたことをたくさん思い出してみた。
これを思い出し、やっと、本気で心から母に感謝を伝えることができたのだ。
私の心のわだかまりはすーっと消えていき、心がほっこりとなった。
恥ずかしながら、この年になってやっとである。
私のネガティブを、、、次女が映し出して見せてくれたおかげである。
♥夢のお告げ
実は白内障手術の前日、朝方の夢で私は指導霊に向かって、
自分は子ども頃にひどい虐待を受けたからこそ、心の通い合う他人家族(コミニティー)を作りたいと述べた。
すると、その指導霊は虐待?
・・・それより、まずは感謝だろうと言われた。
そして、指導霊は呆れたかのようにどこかに行ってしまった。
その後、目が覚め、?私に感謝が足りないのかな?
日々いろいろなことに感謝をしてるのに。。。と思った。
そう、まさにこの(母への)感謝について、指導霊は伝えてくれていたのだ。
私は恵まれてもいたよと、そのことに感謝していないと。
♥視点(目)が変わると生まれ変わる
誰でも、人生において悪いことばかりではない、必ず、良いこともある。
今回、私の育ちにおけるネガティブさを一掃させるために、病を体験したと言える。
物事の良い面を見て、そこに感謝する。
すると、長くはびこっていたなかなか取れない心のわだかまりがすーっと消えていくという体験をした。
病になり、ネガティブになり、苦しむほど、自分を痛めるなんて・・・ばかばかしいと思う。
それが無意識に母への仕返しだったのだ。
今回、母に子ども時代に感謝できるようになり、過去のわだかまりは消えていき、ほっとしている。
何回もやってくるまだ起きていないネガティブな思い込みに気づき、俯瞰し、その都度、良い面を観ることにしよう。
病とは・・・このように人に深い気づきを与えてくれる装置なのだ。