病が教えてくれた自分軸!本当の私

♥スピリチュアル的に見ていくと、遺伝的な糖尿病になったことにどんな意味があるか?

幼い頃から家庭の中で自分の居場所がなく、周りの人(親)から愛されない気持ちを他人の世話をやくことで埋めるような人がなる。

私の場合、親から愛されていないことを認めたくなくてぽっかりとあいた心の穴を周りの人になることで埋めてきた。

また、家庭での自分の居場所がないと日々感じて育った。

地の時代でのこういう人は他人の面倒をよくみる良い人として映っているのかもしれない。

 

♥病からの教え

病になって大きく変化したことは他人軸から自分軸になったことだ。

幼い頃から自分はまったく守られていないことに恐れ身構えて生きてきた。

義祖母からのいじめの攻撃に合うからだ。

これが大人になって残酷な虐待であったとわかったくらいこの状態が普通になっていた。

しかし、30代に入りスピリチュアルを知ったおかげで、人生に嫌なことが起こってもネガティブな面だけではなく、反面のポジティブな面を観るように訓練してきた。

2020年暮れに病になったことでそんなことは忘れてしまい、ネガティブに自分を責めまくった。

なぜ?どうして?気づかなかったのか?

瞑想もしてきたのに気づくようにして生きてきたのに、今思えばこの事態は避けられないことだった。

先祖からの遺伝的な病を自分の体を通して見ていくことがこの物理次元において進化させて行くためには必要だったとかもしれないと思っている。

家系を含めて私の先祖は他人軸だったのだ。

否定的だった私はこれを受け入れることにした。

人によっては病と戦う人がいる。

がんと戦って叩くみたいなあり方の人もいる。

私は今生、誰とも戦わないと決めている。

よって、病とも戦わない。

それに受け入れた方が次への覚悟も決まる。

 

♥本当の自分を見せると離れ行く人、逆に、やって来る人

私はどっぷり地の時代の人間であるから、自分らしく生きているつもりでもそれでもまだまだ他人軸であった。

しかし、病後自分の人生に強くフォーカスして以来、本当の自分をごまかせなくなっている。

おかげで人にどう思われてもいい、嫌われてもいい、誰よりも自分を優先させたくなった。

身内や他人を優先させてきた私にとって、これはかなりのチャレンジであった。

かっこつけずにこのままの自分を人にさらした時、面白いことに引く人がいる。

私はこういう人の期待される人物を演じていたのだ。

あ~自分を赤裸々に見せた時に引く人とはもうつきあわなくていいのだ。

自分を見せて離れていく人、逆に、やって来る人もいる。

これから誰とつきあうかを、こうしてはっきりと選別されていく。

もはや人に嫌われてもいいと覚悟ができた時、自分の生きる風景は様変わりしていくのだ。

 

♥昭和の女たちは他人軸にしつけられた?

昭和の私(もうすぐ68歳)より上の年代の女性は自分を優先させることがなかなか難しい。

男性を立てるように育てられている。

この年代の男性は女が自分軸なんて、ただのわがままと思っているだろう。

そんなことあほくさいと思っている私の中にも、この年齢でとか、スピリチュアルの仕事をして病になってとか、自分を責める心がある、

古い頭からはなかなかここから自由になれない。

みんなと同じで・・・が安心する世界。

 

しかし、みんなと同じ人はひとりもいないのに・・・

ひとりひとり心も体も違うのに私たちは無理して生きていた。

そのことに早く気づくことこそ、新しい風の時代に軽やかにさわやかに生きるヒントになるのだ!