私は誰かに何かをもらおうとするより、先に自分の持っている何かを与える側の人間でいたい。
それが大人のあり方ではないかと思う。
お年寄りや女性に道を譲らない若者は増えているのだろうか。
混雑している中、私は人にぶつかりたくないから急接近してくる人には道を譲るようにしている。
日本では女性に道を譲るという習慣がないからなのか男性には道を譲ってもらえない方が多い。
それが普通である。
自分の世界に没頭し携帯を見たまま歩いていては自分の周りにどのような人がいるかわからない。
これから人口減少など経済的にも人間同士助け合って生きていかなくてはいけない時代に入る。
よって、他人と助け合って生きていける人や何かを人に与えられる人たちと繋がっていきたい。
ひたすら人から何かをもらいたい奪いたい人とはできるだけ距離をおきたい。
こんなことを書いていたら、劇団ひとりさんの記事を読んだ。
電車内で喫煙をしていた男性に17歳の少年が注意をしたら相手に殴られ続け周りの人は見ていただけで誰も助けなかったという。
ひとりさんはこういう暴力的な人には関わらない方がいい、自分に危害が及ぶのを避けたいから、この少年を助けないのはしかたがないような・・・ニュアンスだった。
この記事のコメントを読むと、彼の意見に賛同している人が少なくなかった。
もし、それが自分の彼女で目の前で男性に暴行されたなら何もしないで見ているだけなのだろうか。
もし、彼が殴られている17歳の少年の父親ならどう思うだろうか。
父親なら息子を誰かに助けてほしいと願うのではないだろうか。
危ない目にあいたくないのは理解できる。
しかしながら、ぼこぼこにされている少年を助けないのは、しかたない?というようなことをメディアにのせていいのだろうか。
このような迷惑行為や暴力的な行為を大人の世界で許したら、頭に来たら暴れていいなどと勘違いして、治安が悪化する要因にならないのだろうか。
日本は世界の中でも素晴らしく治安の良い国であることを海外体験がある人なら身に染みてそれをよく知っている。
治安が良いのは何にもかえがたいことだ。
安心して外を歩けるからだ。
私が生活したヨーロッパの国(3カ国)は女性・子ども・年寄り・障害者は守られていた。
男性たちは女(妻)や子どもを大切している。
もちろん、若い男性は自分の彼女だけでなく、バス停で並んで隣にいる他人の私にも先に乗るのを譲ってくれる。
中でもヨーロッパの父親のあり方については本当にいろいろ学んだ。
妻(女)や子をどうやって守っているかを見せてもらった。
それは貧富の差や階級や知識には関係がない。
父親たちは妻と子を守るという強くて堂々とした余裕を持っている。
それはとても温かいものだった。
妻や子に何かあれば果敢に立ち向かう姿を何度も見てきた。
もし、彼らが電車で若者が殴られていたなら、周りの男性たちはみんなで協力してこの若者を守ったと思う。
基本的に彼らには女・子を守るという精神(DNA・レディーファースト)があるように思う。
また、私はヨーロッパ生活の中でどこか道で倒れたとしても必ず助けられるという想いを持っている。
人間の尊厳が守られているように感じたからだ。
私がこの記事について取り上げたのは私の心に痛みがあるからだ。
幼い頃から両親に守ってもらえなかったという痛い想いがある。
自分を守るだけでいっぱいいっぱいだった私はヨーロッパの父親の心の広さと余裕を学んだことで、父親(父性愛)への認識を変えることができた。
この記事を読みここまで書いてきて、再度、考えてみた。
そもそも、この3次元の世界は、ある意味、差別社会であり強い者が勝つ弱肉強食の世界であり暴力は避けられない怖いという感覚があり、常にどこかでだれかが戦っている。
何とかして平和を望んでも、核兵器廃絶の証明を集めても・・・核実験はなくならない。
この世界はこうやってできているといえる。
この苦しい次元に居たくない。
しかし、まったく「視点」を変えてみると、
この目の前の世界に上記のように視点を合わせると、この苦しみを味わうのだ。
だから、その事実をみても、あえてこれに翻弄されず、自分の視点を上から見るようにしてみる。
高い次元から俯瞰し、この現実を眺めてみる。
目の前のことから「距離を取り」俯瞰することで、自分の心が安心する状態になるのだ。
このように冷静になると、今、自分に何がでできるかが、その時、見えてくる。
誰かと一緒になって助けるか、
大きな声を出して助けを呼ぶか、
助かるように祈るか、
何は自分にできるか?
私は人と人が助け合い与え合うコミニティーを作っていきたい。
一人ができることはしれている、みんなが互いに協力していけば安心して暮らせる世界になっていく。
たとえそんなことは理想だと言われてもいいのだ。
そういう希望を掲げていくことで、せめて自分の周りの世界だけでも明るくなっていく。
♥3次元的に恐怖の中を生きるか、それとも、5次元の目線で俯瞰してものごとを観るか???
この俯瞰して目の前のものごとを観る練習をしてみてはどうだろうか。
これからの時代、誰とつきあっていくかは人生を豊かに楽しくしていくために、とても重要なことになっていく。
そのためにも、まず、私は与える側の人間を目指していきたい。