東京から札幌に来たのは3.11がきっかけで、20211年の暮れに住み始め、今日で10年が経つ。
当時、3.11の地震というより2回目の原発事故(1986年4月チェリノブイリ原発事故当時オランダ滞在中1回目)を体験し地球の環境破壊を憂いながら人類に失望していた。
この10年の間。私は何をしていたのか?
いかにこの次元にある権力闘争社会(弱肉強食)・上下の人間関係の差別意識からの脱却にもがいてきた。
そして、風の時代に入ったことや病のこともあり、ようやく本来の自分を見つけ、この古臭い意識から離れていく準備ができた。
これは簡単なものではなく、深い気づきと確認の作業をずっとしてきたことの成果だと思っている。
私の場合、独自のやり方だったせいか10年もかかった。
3.11前までの私は2004年にスピリチュアルの仕事を初めて以来、順調に東京と神戸において仕事をしていた。
2008年には次元上昇ワークを作り上げて本にしたいと意気込んでいた。
ところが、2010年あたりから世の中の何か大きく変化すると感じていて、
2010年の終わりにはこの仕事にやり切った感があった。
今までの私の人生というのは一つのことに終わらず、一つのことを集中しやり切ると先が見えてきて、そこで積み上げたものを手放して、次の新しいものへと進んでいくというパターンがある。
私は人生がマンネリ化していくのが嫌で、常に、新鮮な空気を入れ替えたいという想いがある。
よって、私はカメレオンのように生き方をいろいろと変わってきている。
ある時は、母親、ある時は、音楽の教師、ある時はカラーコンサルタント、ある時は、スピリチュアルアドバイザーなどなど。
私には先見の明があるというか、先が見えてしまうので、どうしてもこういう生き方になってしまう。
この10年間は(過去生も含め)カルマの解消の時間であり、特に自分の闇(憎しみ・理不尽な想い)との向き合いだった。
家族とはカルマの関係でもある。
母親と父親と子ども(娘・息子)との関係について徹底的に見なおしてきた。
私が育った家は身内と他人が混在する他人家族だったから、それが私の人生のテーマとなっていた。
そのために、このブログで家族関係についてさんざん書いてきた。
さて、これから私はどこでどう生きていくのか?
これは昨年末からの課題であった。
この1年弱で大きく変化したのは、まあこれを書くと人によってはまったく理解できないことかもしれないが。。。
それでもあえて書くならば、
過去からの長い時の流れの中で、私はこの理不尽な世界を何とかしようとチャレンジしながら苦しんでいたきた。
しかし、♥この経験が終わったので、そこから今度は私が世界を自由に動かしていく立場にシフトしたということだ。
これが自分のやり方で体得できてきたので、今ものすごく早く現実化しはじめている。
ちょうど自分が思うように、周りでことが起こってくる。
自分が行ったところに。奇跡的にそれがちょうど来るという感じである。
スピの世界でよく言われている、進化した人は人生の主人公になり自由に自分の人生を生きられるようになるとか、パラレルワールドへのシフトとかいわれているものでもあると言えるのかもしれない。
一般的な物欲的引き寄せとは違うように思うが、それは私にはわからない。
私の場合、ほしいものはやって来ているだけだから、誰かよりほしいとは思わない。
誰からもほしくもない。
自分の世界だから誰もいない。
ここまでくるのに67年もかかった。
私にとっては簡単なことではなかった。
体験派の私は闇と飽きるほど向き合い体まで壊してしまった。
まあ、これが私のスタイルだったからしかたがない。
特に「罪悪感」という得体のしれない感覚が私の中に根深くあったことで、人生がそれに邪魔されて先に進めなかった。
この罪悪感は、私だけではなく多くの人の中(集合意識)に存在していて、人を進化成長させないようにとどめている。
この罪悪感は
「なんて馬鹿なことをしようとするんだ。
そんなことをしても誰も見向きもしないだろう。
お前の言っていることなんてただの絵空事だ。
新しいことをしても誰もお前なんかに賛同しないよ。
お前は社会で成功していないじゃないか。
お前の話していることは多くの人に認められていないじゃないか、
みんなお前を馬鹿にしているよと」ひっきりなしささやいてくる。
一体これは誰が言っていたのだろうか・・・
幼い頃、周りの大人たちが話していたことだ。
おまけに、年齢的なことや女だてらにとか他にもある。
この声を逃げないで聞いていると実にアホらしくなってくる。
女が、年齢が、才能が、学歴が、社会経験が、、、それがなんだというのだ。
もうエイッと蹴っ飛ばしてやる。
風の時代になって本当にほっとしている。
オリジナルがあってこその世界となっていく。
みんなが、、、社会が、、、世間がと言っている人達は、面白くない人たちに見えてくるだろう。
しかしながら、今の私は悪いのは周りの大人ではなく、結局、自分のことだと思っている。
つまり、あくまでも自分の世界のことだから、自己完結・自己救済・自己統合となっていくだけとなる。
もはや他の人のせいではない。
それは自分との戦いでもなく、あくまで、自分との和解、自己統合である。
こういうプロセスを経て、この風の時代、本来の人生を歩み始める人(仲間)は他にもいるだろうと信じている。