心が落ち込んでいる時は、先に歩む道が見えにくくなる。
しかし、その落ち込みを無視しないで、その辛さを味わっていくと、やがてその落ち込みの元が見えて来て回復へと進んでいく。
それが、自然の流れである。
誰でも嫌なことは味わいたくないものだが、落ち込んだ時は思い切り味わうのがいい。
落ち込みを感じるのは、魂として成長できるせっかくのチャンスだ。
よって、その落ち込みを避けたり見ないようにしたりしないことだ。
長い人生の中では、いろいろなことが起こるものだ。
それでも、落ち込まないという人がいるなら、そういう人は人の痛みに共感しにくく、落ち込む人の気持ちが理解しにくいかもしれない。
とにかく、人に気を使うように育てられている人なら周りの人の反応に敏感であり、周りにどう思われるか、また、どう見られているか気にして周りに迷惑をかけないようにと注意しながら生きている。
今までの地の時代はそれは良い人の生き方だった。
しかし、今は風の時代である。
周りの人に気を使って自分を抑えて生きる時代ではない。
風の時代は自分の個性を表現していく時代だ。
私は人生を光へと歩むには他人を変えることなく、自分を変える方がいいとわかっていたが、
長い間闇の中でこれを見いだせずにいた。
なぜなら、地の時代の夢やなりたい自分と風の時代の夢やなりたい自分が違うからだ。
今回あらためて、その大きな違いに気づいたのだ。
そうだ、風の時代の自分はどうありたいか?
どうあれば居心地良く暮らせるか?
それをわかっていないと、新しい時代の自分の人生はクリエイトできない。
私は、もう役に立たない地の時代には戻らないとわかっていても、
風の時代の夢やなりたい自分をリアルに想像できていなかった。
地の時代の私の夢は誰もが思っていたように、、、
・人から好かれたい。
・認められたい。
・お金持ちになりたい。
・仕事で成功して認めれたい。
であるが、、、そんなことはとっくに私の意識からは消し去っている。
しかし、風の時代のなりたい自分はまだ始まったばかりで決まっていなかった。
よって、それをここであえて想像するなら・・・
・周りの人がどう思われてもいい自分
・好きなことをしている自分
・好きな格好をして外を歩いている自分
・美しく豊かに生きいる自分
・自分を誰よりも優先させて生きている自分
・私を肯定してくれる人たちと一緒にいる自分
・みんなそれぞれ助け合って生きるコミニティー(ホテル)を作り、異心地の良い暮らしをしている自分
・周りの人の自由を認める自分
・自分の好きなものを集め作り、それを売るビジネスをしている自分
など。風の時代の望む人生を思うと、このようにたくさん出てくる。
さあ、風の時代、人はもはや自分を抑えて生きなくてもいいということだ!
(自分を優先させるとは、古い時代のわがままとか自分勝手とはまったく違うので、機会があればここを説明してみたい。)