魂を売らない生き方

本日11月19日は牡牛座の満月だという、

 

私はコロナのこともあり、この2年くらい小さな映画館から足が遠のいていた。

昨日何か気になって、ミニシアターのスケジュールを眺めていた。

するとドキュメンタリー映画「コレクティブ 国家の嘘」に目がとまった。

日程を見ると11月19日(午前)までの放映だった。

本日朝、居ても立っても居られなくなりこの映画を観に行った。

 

今日は満月のせいか、なかなかパワフルな日である。

 

前回観た映画実話「モーリタニアン」は衝撃的であったが、それより、この映画はドキュメンタリー映画で生々しく、病院が感染源・・・など国がらみの問題として暴かれている。

しかし、実際に起こっているのに、何も解決もしていない。

 

この汚職を暴く人の方が脅されるのだ。

人は魂を売らないと生きられないのだろうか?と思ってしまう。

この問題は庶民には、まったくわからないスケールの大きさだ。

しかし、庶民はこれに巻き込まれていくのだ。

 

それでも、魂だけは売りたくないと思う。

原作遠藤周作、マーティン・スコセッシ監督の映画「沈黙」は、当時の日本の壮絶な宗教弾圧でポルトガル人の宣教師が、宗教を捨て日本人のようにふるまいながらも、最期まで誰にもわからないように、心の底の底ではクリスチャンを貫いたストーリーである。

このように人の真の心というものは、どんな権力者からも支配されない領域である。

ひそかにでも、自分の信仰、信じるものを信じ抜く。

 

日本は第二次世界大戦の時、たくさん庶民を兵隊として戦地に連れて行き、その土地を侵略するために、人殺しを命じた。

お国のためだと。。。

母親世代は当時学校で、、、竹やりを持って人殺しの練習をさせられたそうだ。

こんな時、親はどうやって自分の子どもにこのことを教えたのだろうか?

 

ある母親は・・・お国ためだから、立派に戦って死んで来いと息子に短刀を渡した

ある母親は・・・銃を人に向けてはいけない、空に向かって打ちなさいと教えた。

この違いはなんだろうか?

 

この映画「コレクティブ」は本当に悲惨で、消毒を薄めて使っていた病院で助かる命が助からない状況、そこに巻き込まれた遺族の叫びが発端であった。

こんなこと日本で起きたらどうなるんだろう。

死ぬのが怖くて病院に行けなくなる。

でも病院に行かないと死んでしまう人もいる。

すべてが癒着と金儲けで成り立っているのだ。

その国の若い人たちは選挙にも行かない。

自分の尊厳と戦う力を失ってしまっているのだろうか。

どんどん経済が疲弊して行けば、世界のあちこちもこうなってしまうのだろうか。

 

そんなことを考えると暗くなる一方である。

 

とにかく、この満月に誓うことは、

自分の魂は誰にも売らないということ。

みんながそう言っても、家族や上司や偉い人がそう言っても、本当の私はどうなんだろうかと問い続けたい。