大発見!
こんなに親子の問題をいろいろ見てきたのに、
私が・・・まさか母親の人生を生きていた!」とわかったのは、
昨年(66歳)の暮れだった。
それは皮肉にも私の病が発覚する前に見た夢からだった。
その夢の前あたりに、私は母親との長年のカルマを解消していた。
彼女に対して、私は参りましたと、白旗を上げたのだ。
何をどう言っても彼女は変わらない。
絶対に。
負けるが勝ち、これ以上戦っても意味がないと悟ったからだ。
この母親の(死の)夢については、このブログでも以前書いているが、
夢の中で、、、私はリラックスして珍しく母親と仲良くプールサイドに居た。
やっと母親とわかり合えた。
ああ~よかったと思った瞬間に母親が失神してしまった。
私は驚き彼女を胸に抱き、、、あ~亡くなってしまった~と泣いているところで、夢から覚めた。
その時、私は母親の人生を重ねて生きていた、その私が死んだんだとはっきりとわかったのだ。
私は幼い頃から母親のことを自分のこととして感じて、いろいろ世話を焼きながら、一緒に生きてきたと言っていい。
これが憑依というものである。
ふしぎなことに、母親にこの夢の話をした次の日に、実際に、ヨガ体操教室でみんなに模範体操を見せていた87歳の彼女は失神して救急車で運ばれたのだ。
しかし、次の日に母親は元気に退院した。
そして、その母親の退院の日に、皮肉にも私は深刻な病になっていた。
母親が元気なはずだと思った。
私が自分のエネルギーを彼女に使っていたからだ、
幼い頃よりずーっと不器用な母親を守ってきた。
母親とのことで学んだことは、
自分のことを絶対に悪くない正しいと思っている人は絶対に変わらないということ。
権威主義、権力社会、競争社会に生きる人は勝たなくてはならない。
絶対に負けられない。
母親の男尊女卑の考えや女に嫉妬し女の価値を下げるところや女(私)を下げ男(長男次男)を持ち上げるところなど、上下意識、権力主義のひどさをなんど指摘しても、最後には自分はこれいい、これが自分の道だと言い張る。
もうそれでいいのだ。
そのことより、私の大発見は、
母親と少し電話で話しただけでも、自分がイライラすることに長く悩んできたことの理由がわかったことだ。
それは、母親が誰にも見せないで隠してきた「本音」に・・・私がイラついていたのだった。
利発な子どもは母親が口で言っていることより心(本音)の方に反応するものだ。
相手を褒めながらも実は嫌いだということを見ていたのだ。。
私が反応していたのは、母親が長年我慢を重ね抑えこんできた恨み憎しみのエネルギーに対してだった。
漬物の石で抑えながらも、年月と共に腐り続け、それが増大してしまっている否定的な想いだ
表面はニコニコしながら、本当はイライラしているという母親の心の矛盾に、私は長く反応してきたのだった。
しかし、私は幼い頃よりあまりにも慣れていたためにこのことに気づかなったのだ。
私が誰よりも母親の苦しみを感じていた。
彼女に長く憑依していたことで、私はこれが自分の気持ちなのか、母親の気持ちなのか区別ができなくなっていた。
むしろ、自分のことより母親のことを優先させていたくらいだ。
夜中にどうしたら母親の人生がうまくいくかなど長く悩んだりしていた。
それだけでなく、気づけば、娘たちのこと、父親のことも、弟のことも、もっと言えば、クライアントの人生についても夜な夜な眠れなくなるほど悩み考えていたのだ。
自分の人生はその後の後だった。
今思えば、こんなのおかしいことなのに自然にやっていたのだ。
親子の共依存とは?
本当は互いに好きでないのに、親だから子だからと言い訳をしながら、離れない状態のことだ。
離れられない。
嫌いなのに離れられないという苦しみだ。
その苦しみから抜け出るには、まずは自分と相手の本音を知り認めることからだだ。
そして、何を言われても、そこから勇気を出して離れていくことだ。
これはなかなか難しいことだと思っている。
実際に、引きこもりになりやすいからだ。
しかし、親とくっついても、どうせ傷つけあうだけである。
たとえ、薄情な子(人)だと言われてもいいのだ。
そうでないと、子どもの方は自分の人生をなかなかはじめられない!
私は長く自分がダメな娘で、親を見捨てるなんて薄情だ・・・という罪悪感があった。
これが共依存の罠である。
子どもが自立できないように、いつまでもダメな自分を感じるようになっている。
人の心の矛盾こそ争いのもとになる。
人は自分を優先させて、正直にならないと、自分の人生は進んでいかない。
以上のようなことは、現代の日本のファミリーにはよくあることだと思っている。
この私の体験が何かの役に立てれば幸いである。
共依存の親子から自立し地球にしっかりと立つ事は人類の課題でもあるとも思っている。
あ~やっと自分を優先させて生きられる。
自分のことだけを考えて、軽やかにすがすがしく生きていかれることを幸せに思う今日この頃である。