私は父親からの愛を感じて育っていない。
よって、常に周りを気を使う緊張した子どもだった。
誰にも守られていないような虚しい感覚を抱いてきた。
誰にも好かれていないという深刻な想いもあったが、私はそれを気にしないようにして明るくふるまってきた。
私の父親は5歳くらいで祖父のところに養子にきた。
そのためか彼は言いたいことを言わない無口で内気な人になった。
(彼の本当の性格は正反対で明るく外交的なんだと父亡き後今の私はそう見ている)
父親は被害者的なそぶりを見せるので彼が家族を守るというより反対に周りの人が父親に気を使うようになっていた。
私自身大人になり子育てを経験し、今の年齢になって思うことは、どんなに大変な状況でも、親は自分のハンディーを乗り越えて子どもを愛し守り抜くことが役目だと思っている。
彼はとても貧乏な家からある程度生活に困らない夫婦のところにもらわれたにも関わらず、いつまでも自分は幼い時にもらわれたかわいそうな自分として被害者的な態度をとり続けた。
後から来た祖父の2番目の後妻に散々いじめられた私や母親と比べたら、父親は大事に扱われていたと思う。
しかし、父親は家族より常に自分の保身を守る態度は死ぬまで変わることはなかった。
また、父親は家族や親せきとのトラブルの中でも私を守らず、自分の立場を優先した。
何回か私のことを裏切るような状況があったが、それは私の革新的な生き方が彼には受け入れ難かったと思っている。
まあ、父親には私にご飯を食べさせてくれて、学校に行かせてくれたことだけでも、感謝している。
その上、何と言っても私に親としての心の広さや柔軟さや、女性をどうやって扱ったらいいか、どう家族を守っていくかなど、彼を反面教師として深く学ぶことができたことに感謝している。
父親から見たら私は生意気でクールで親不孝な娘と思っているかもしれないが、、、
それはそれぞれが自分の意見を持っているヨーロッパでの生活とスピリチュアルなあり方や魂のあり方を学んだ違いだから、どうしようもないこと、しかたがないこととあきらめている。
今生、親子というのは決して甘い関係ではなくあくまで厳しい学びの関係だと思っている。
だからこそ、ここをしっかりと乗り越えていくこと、親からも子どもからも、精神的に自立していくこに意義があると信じている。
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